兵庫県のオーパーツ「聖徳太子の地球儀」は本当に聖徳太子によって作られたのか

聖徳太子の地球儀

聖徳太子の地球儀は、兵庫県揖保郡太子町にある、聖徳太子ゆかりの斑鳩寺に残されているオーパーツである。この地球儀にはムー大陸を思わせる大陸が浮き彫りにされている。

スポンサード リンク

聖徳太子の地球儀と呼ばれる球体は、兵庫県の斑鳩寺に安置されている。斑鳩寺は606年に聖徳太子が建てられた1400年の歴史をもつ寺院である。

聖徳太子の地球儀は、斑鳩寺の寺宝リストの中に「地中石」という名前で記録されている。実物の大きさは直径15センチで、硬く重い。色はくるみのような色をしていて凹凸がある。家の壁を作るのに使われていた粘土状の土で作られている。

そしてこの凹凸が世界大陸と海を表しているように見える。アメリカや日本らしき大陸もある。そればかりか、なんと南極大陸まで刻まれている。この地球儀は江戸時代には存在が確認されていたが、当時はまだ南極大陸を知っている人はいなかったはずだ。

聖徳太子の外交力と予測力で地球儀を製作した?

ここで少し聖徳太子の外交についてお話させていただく。聖徳太子は遣隋使として小野妹子を派遣したのは皆さんよくご存知であろう。太子は妹子に国書を持たせ煬帝の怒りを買ったが、煬帝は高句麗と交戦中で、日本を敵に回すこともできず返礼の使者を日本に送るしかなかった。

これは随と対等な関係に持ち込むための戦略だったのだ。このように聖徳太子は巧みな外交力と洞察力を持っていた。

このような外交力により世界の人々と巧みに情報交換を行い、ある程度世界の地形の情報を収集していて、地球上の大陸や地球の丸さなどを理解していた可能性は有る。

平成4年に奈良県桜井市内の発掘調査で百メートル四方の住居跡が発見された。聖徳太子が幼年期を過ごした上宮である可能性が高いとされた。父にいたずらが見つかり、なぜ逃げないのか質問されると「地球は丸いから逃げてもむだ」と答えた逸話がある。(特捜!世界の謎とミステリー)

日本書紀の中に「兼ねて未然を知ろしめす」という聖徳太子に関する記述がある。これはこれから起こることを前もって知ることができたという意味である。その聖徳太子が未来のことを書き示した本が未然本紀である。その中には、過去1000年のことを知れば未来1000年のことがわかると書かれているが、実際に、藤原一族や豊臣秀吉など未来の出来事を的中させている。

このような未来の予測力を使って地球儀で不足していそうな大陸を、伝聞や想像によって補足し地球儀に書き足したのかもしれない。

聖徳太子はいなかった説

そもそも飛鳥ではなく斑鳩に宮を構えたことや、天皇にならなかったことが最大の謎とされている聖徳太子だが、その謎を解消すべく、実在の人物ではなかったとする「聖徳太子不在説」がある。

1999年、歴史学者である大山誠一が「聖徳太子の誕生」の中で、厩戸王と聖徳太子は別人とし、太子自身の存在を否定した。また、十七条憲法には当時の政治体制に合わない名称や内容が記されており、日本書紀が8世紀に編纂されたとき創作されたものである。

このようなことから聖徳太子を証明する史料は皆無だと推測された。日本書紀が成立した頃に、天皇家が日本のトップとして君臨するようになり、聖徳太子という架空の天才を出現させ、権威の効果を補強しようとしたのだろうか。

したがって、聖徳太子が虚構であるのなら、地球儀を作ったのも聖徳太子ではないということになる。

寺島良安が製作した説

もし、聖徳太子が虚構だったのなら、一体誰が何のために地球儀を作ったのか?

ある時、江戸時代の「和漢三才図絵」の編纂者である寺島良安が作ったのではないかという説が浮上した。和漢三才図絵とは1712年、日本で初めて編纂された百科事典である。

この和漢三才図会に記されている山海輿地全図と聖徳太子の地球儀の地形がほぼ一致する。つまり、寺島良安が江戸時代に地球儀を作った可能性が出てきた。

さらに、聖徳太子の地球儀には墨瓦臘泥加(メガラニカ)という古代ギリシア人が考えていた南半球の大陸が刻まれている。メガラニカは、1522年に史上初の世界一周を成し遂げたフェルディナンド・マゼランの名前に由来するから、地球儀が1500年代以前に作られたということはないはずだ。

そもそも日本にメガラニカが伝わったのは16世紀ごろだから、それ以前の飛鳥時代にメガラニカの記述がある地球儀が存在するのは不自然である。

まとめ

謎解き古代文明の原田実氏によると、様々なデータを検証した上で「地球儀は江戸時代中期、西欧の知識が深い関西在住者によって作られた。」としている。そして、寺宝は再建後に他の寺院から納められたものであって、聖徳太子時代からの遺物はないと記し、ムー大陸に見えるのはフィリピン、インドネシア、ミクロネシアの島々としている。

以上、これまでのことをまとめると、聖徳太子の存在自体が虚構である可能性が高い。真相は江戸時代に世界地形の造詣が深い者が地球儀を製作し、寺に奉納したといえそうだ。

オーパーツが展示されていた場所

兵庫県揖保郡太子町:斑鳩寺

参考文献
  • 世界ミステリー事件ファイル
  • 世界ミステリー画像
  • 神々の遺産オーパーツ大全:並木伸一郎
  • 謎解き古代文明:ASIOS

RECOMMEND

TO TOP